セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

セミリタイア準備中、なぜ日本人は仕事を休むことに罪悪感を感じるのか?有給の半分も取得できない日本人

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日曜は会社に行き上司にメールを送った。

 

理由は有給を使って1週間会社を休むためだ。まだ、退職の相談をする前なのでそれなりにリスクがある。

 

それでも有給が有り余っているためできれば会社を辞める前に全部消化したい、なによりできればもう会社のために長時間椅子に座りたくない。会社の椅子に座っていると人生の貴重な時間を無駄にしているという気持ちが強くなってしまったからだ。

 

仕事を辞める前にセミリタイア生活をプチ体験してみるのも悪くないなと思った。

 

日本ではなぜか有給を消化するのに罪悪感を感じてしまう。1週間休むという短いメールを送る前に様々な葛藤があった。

 

有給を取ることに罪悪感を感じてしまうのは自分だけではないと思う。

 

 

日本人の有給消化率、3年ぶりの最下位

 

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エクスペディア・ジャパンは12月15日、有給休暇の国際比較調査の結果を発表した。調査は9月12日~29日、世界28カ国18歳以上の有職者男女計9,424名を対象にインターネットで行われた。

 

有給休暇の消化率、日本が最下位に | マイナビニュース

 

日本人は会社を休むことに罪悪感を感じています。そのせいか半数が有給を消化できていません。隣の韓国も日本人と感覚が近いため状況は似ています。

 

これは日本や韓国がというよりも、東アジアの特徴です。東アジアの人たちは自分が他人からどう思われているかを必要以上に気にする民族です。このランキングには載っていないが、実は中国も似たようなものです。

 

中国人力資源社会保障部の調査によると、中国の取得率は日本より悪い50%と言われており、特に中国民営中小企業ではまだまだ有給制度の認識が低いようです。

 

中国の祝日と有給休暇 | 中国企業信用調査とグループウェアの利墨

 

中国、韓国、日本、お互い一緒にされるのが嫌だと思う人は多いが、歴史を共有しているだけあって感覚はとても似通っている。

 

日本から見てアメリカは、合理的なビジネスマンが多くオンとオフをはっきりし休んでいる印象があるが、年間で12日と日本とほとんど変わらない。

 

資本主義社会では貧富の差が大きくなります。アメリカの労働者の多くは低賃金で休みが取れず労働力を摂取されているといえます。

 

日本と韓国は独自の文化を持ちながら、アメリカ式資本主義の価値観を押し付けられているようにも感じる。社会は豊かになるが、個人レベルでは一向に豊かになったようには感じない。資本主義社会は経済が成長することが前提に成り立つシステムだからだ。経済が鈍化する中では当然個人の生活は苦しくなる。

 

有給を取ることに罪悪感を感じてしまう

 

自分も含めて、日本人には有給を取ることに罪悪感のようなものがあります。

 

調査結果によると1年間で半分の有給を消化とありますが、中小企業だけの統計を取るともっと低いと思う。自分の場合、旅行のために事前に取る休みが1年間で3〜4日、体調を崩して休むのは1〜2日程度しかない。

 

周りを見ているとみな似たようなもので、積極的に有給を取っているのは20に1人くらいしか思いつかない。彼らは有給を使っているだけにすぎないが、さぼりぐせがあるという目で周りから見られている。

 

前年消化できなかった有給は、最大10日まで翌年の有給に振替えられる。それでも使い切りれないため、残日数を確認すると30日近く余っている。

 

これだけ有給があれば1ヶ月半のバカンスに行けるし、正月や夏休みの1週間の長期連休を6回も作ることができる。正月、夏休み、冬休み、ゴールデンウィーク、有給で1週間の休みが数回あれば、それほどストレスを感じることはないだろう。

 

にもかかわらず、ほとんどの人がその権利を使わない。

 

西洋人は1〜2ヶ月の長期バカンスがあって羨ましいと日本人は言うけれど、実際には同じことをする権利があるがそれを使わないだけだ。

 

日本人が長期連休を取るのは精神が病んでうつ病の診断をもらった時である。これだけ会社のために尽くして、精神がぼろぼろになったという証明がないと得ることができない。

 

若いインド人スタッフと働いていたとき、休みを取りたいときは直前でも連休でも理由を聞かずにいつもOKと言っていた。そのおかげか、他のいばり散らすインド人のプロジェクトリーダーよりも評判が良かったし、下の子たちは献身的に自分のために働いてくれた。

 

自分の立場にたったときに、いちいち理由を聞かれたくないし、この日はプロジェクトの都合でダメだと言われると次から取りにくくなる。

 

統計を見るとブラジル、フランス、スペインは毎年30日の有給が与えられていてそのすべてを消化します。

 

自分の彼女はフランス人だが旅行が終わると、来月の旅行の予定を立てようとする。まだまだ有給があるから使った方がいいと言う。普通の感覚でいると、有給を100%消化するのは当たり前だ。会社から給料を得て休んでいいといわれているのにもかかわらず休まない方が、彼らからしたら理解できないだろう。

 

自分の生きたいように生きるフランス人が羨ましい、その方が人生を何倍も楽しむことができる。

 

人生の一大決心をして世界一周旅行やワーキングホリデー、海外留学に行く日本人が多いが、1〜2ヶ月の休みが年に1回もあれば、そんなことをする必要は別にない。

 

日本を飛び出し世界を放浪するのは当然楽しいが、積み上げてきたキャリアを喪失することを考えると割に合わないというしかない。

 

Amazon: フランス人はバカンスを我慢しない 仕事も人間関係もうまくいく、知的エゴイズムのすすめ

 

30代になって、フランスとドイツへ留学した著者が体験を通して得たフィロソフィー「知的エゴイズム」という生き方。

 

考え方の異なる他人に対する"寛容"を軸に、
「自分らしくある仕事の仕方」
「自分らしくある人間関係の築き方」


そして
「自分らしくある生き方」とは?

 

自分の人生よりも会社を優先してしまう

 

日本人が会社を休めないのは、自分の人生よりも会社の方を優先しているからだと思う。

 

自分のために会社を休もうとするとなぜか罪悪感のようなものがある。今回1週間休む事も迷った末にようやく出した決断です。

 

会社から休んでいいといわれている権利を行使するだけなのに、どうして後ろめたい気持ちがあるのだろうか。ちなみに今休んでも誰にも迷惑はかけない、ひとつプロジェクトが終わり、まだ次のプロジェクトの開発が始まる前の段階だ。それでも後ろめたい気持ちがある。

 

頭の中で感情と理性が葛藤している感じだ。感情は休みたいと言っているが理性が悪い事をしている気持ちにさせる。

 

最終的には、会社に行かなければ不労所得を得られると考えて休みを取る事にした。会社に行かなければ1日1万円の不労所得を得ることになる。会社を辞める前に30日消化すれば30万円の利益だ。

  

自分は感情よりも理性で動いているなと感じる、理性よりも感情で動ける人は羨ましい。

 

休めないのは学校教育のせい?

 

子供のときを思い起こしてみると、自分の両親もほとんど会社を休まなかった。会社を休み家にいるのは、本当に体調が悪いときしかない。

 

高校生のとき、体調が悪いわけではなかったが気分的にだるくて、登校途中で家に引き返したことがある。両親はとも働きなので家に帰っても誰もいない。学校から家に電話がきても無視をして、そのままその日は休もうと思った。

 

そうすると担任はわざわざ父親の職場に電話した。結局父親の車に乗って学校にいくことになった。なぜ学校に行かなかったのかなにも聞かれなかった。そういうこともあり、体調を崩す以外で学校を休む機会はない。

 

担任は社会のために正しいことをしたと気分が良かったかもしれない。

 

特別な理由なしに1日でも休むことが許されない風潮のようなものがあると思う。そういう場所で育ったせいで休むことに罪悪感を感じるのかもしれない。

 

ホリエモンは学校教育は「洗脳」だというが、たしかに極端な言い方をすればそういう側面はあるのかもしれない。学校はもともと資本家側が作ったものです。資本家は自分たちのために代わりに働いてくれる労働者が必要です。

 

Amazon:すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)

 

学校とは本来、国家に従順な国民の養成機関だった。しかし、インターネットの発達で国境を無視した自由な交流が可能になった現代、国家は名実ともに"虚構の共同体"に成り下がった。もはや義務教育で学ぶ「常識」は害悪でしかなく、学校の敷いたレールに乗り続けては「やりたいこと」も「幸せ」も見つからない。

 

では、これからの教育の理想形とはいかなるものか? 「学校はいらない」「学びとは没頭である」「好きなことにとことんハマれ」「遊びは未来の仕事になる」 

 

「国家に従順な養成機関」とまで言われているが、大衆相手に教育する以上は仕方がないとも思うが。個性を育てようと思うと時間もお金も無尽蔵に必要だ。そうなると結局貧乏な家庭に育ったらどうしようもない。

 

東南アジアの感覚

 

セミリタイア後は生活の中心を東南アジアに置こうと思っているが、彼らの感覚はとても羨ましい。同じアジアでもどうしてここまで違うのか疑問に思う。

 

日本社会を捨ててアジアに住む若者や中年は多いが、その理由は一度でも訪れたことがある人ならすぐにわかると思う。あのいい加減な感じが居心地いいのだ。

 

Amazon:「生きづらい日本人」を捨てる (光文社新書)

 

那覇(沖縄)、シェムリアップ(カンボジア)、チェンマイ(タイ)、上海(中国)、ビエンチャン(ラオス)、バンオク(タイ)、ホーチミンシティ(ベトナム)のように、アジアの街で暮らす(ホームレス生活含む)日本人の生きざまをレポートした本です。


この本に出てくる日本人は、日本では確固たる居場所を確保できずアジアで活路を見出そうとしている人たちです。

 

日本を捨てる必要はないが、日本社会で働くことに疲れた人たちの選択肢として東南アジアを知っておいたほうがいいと思う。仕事を辞めてもなんとかなると思うのと、この仕事を辞めたら生きていけないというのとでは、精神的なストレスは違う。

 

東南アジアでは今日は体調が悪いからという理由だけで仕事を辞める人もいると聞く。理性ではなく感情で動いているからだ。

 

アジアの地方にいくと自給自足で生活している家がまだまだたくさんある。仕事がなくなっても実家に帰れば働かなくても食べるのに困ることはない。

 

日本は稼げない農家を捨てて、より効率的で稼げる仕事にシフトしたが、そのせいで常に働かないと生活できない状況を作ってしまった。東南アジアの生活をみていると、お金があるにこしたことはないけれど、必ずしもお金があれば幸せではないということを教えてくれる。

 

収入が多ければ幸せというのは幻想かもしれない

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セミリタイアしたいと周囲にいうと実現するかもしれない

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セミリタイアを決断したのはフランス人彼女の影響が大きい

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