セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

セミリタイアして20日が経った、来月から本格的にニート生活に突入する

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セミリタイア生活が始まって20日が経過したと同時に7月も終わる。7月が終わるのは自分にとって大きな意味がある。

 

最後に会社に出社した日は7月11日だが、有給休暇を消化するためにまだ在籍している。本格的に仕事がなくなって、無職になるのは8月からということになる。今月末まではしっかり会社の給料が支払われている。

 

8月10日に会社から最後の給与が支払われ、中小企業退職金共済から退職金をもらった後の収入は失業手当だけだ。それも過ぎればあとは銀行貯金のお金は減っていくだけとなる。

 

来月には今住んでいるシェアハウスも出ることになる。6年間勤めた会社を辞めるときはあっさりしてたが、5ヶ月しか住んで居ないシェアハウスを退去するときの方が少し感傷的な気持ちになる。

  

 

身体がほぐれる感覚

 

会社に行かない生活が始まってから20日経ったが相変わらずダラダラした生活を過ごしている。

 

体感的なものでしかないが、仕事を辞めたあとは身体が健康になっているような気がする。仕事で凝り固まった身体は、スポーツジムと毎日湯船に浸かることで徐々にほぐされていくような感じだ。この生活が数ヶ月続けばさらに身体の調子が良くなるかもしれない。

 

サラリーマン時代に見た風刺画だが、現代人をよく表している。現代人は机に座ってパソコンと向き合う時間が長すぎるため、自然と姿勢が前かがみになる。まるで退化しているようだ。

f:id:eyasu2008:20170729102220p:plain子供の姿勢。携帯ゲーム機・スマホの普及との関係① : 野田阪神カイロ スタッフブログ

 

サラリーマン時代は、1日に12時間くらい会社の椅子に座っていた。1日なんて睡眠時間を抜かすと16時間しか与えられていない。1日のほとんどの時間を椅子の上で過ごしていることになる。仕事に打ち込むときも、同僚と会議するときも、昼ごはんを食べるときもずっと椅子の上で生活していた。この生活で身体が凝り固まらない方が不思議だろう。

 

ずっと同じ姿勢でいるため身体は硬直し血液の流れも滞る。週末にスポーツジムに行き身体をほぐしたところで、その効果は限られる。

 

仕事を辞めてからは、1日の大半の大半はスポーツジムか、ウオーキングするか、ソファの上で寝そべって過ごすようになった。カフェに行きパソコンと向き合うことがあっても長くても5時間くらい。12時間も同じ姿勢で椅子に座ることはない。

 

今のところ身体の凝りようがない。

 

精神的にほぐれる感覚

 

身体的にもそうだが精神的にもだいぶ楽になった。常にスケジュールありきの仕事をしていたため、今週はスケジュール通りに作業が進むか常に心配していた。スケジュール通りに進まなければ、サービス残業しなければならない。

 

自分たちの健康よりもお客さんのスケジュールの方が何倍も重要だ。ひとりの人間が鬱になろうが、身体を壊そうがプロジェクトはスケジュールが最優先だ。

 

お金のために会社に出社しやりたくない仕事をして働いているのに、サービス残業のようにタダで労働するなんて考えられないとずっと思っていた。仕事にやりがいを持つのは良いことだと思うが、労働は突き詰めて考えると誰かがやりたくない仕事を誰かにお金を払ってやってもらうというだけに過ぎない。

 

サービス残業は労働者にとって最大の敵だろう、誰も文句を言わず働いているので自分にも選択肢はなかった。早く帰れる日は定時に帰っていたが、周りと違うことをしていると会社組織は自分の居場所をなくしてしまう。

  

またひとつのプオジェクトが終われば、すぐに次のプロジェクトに配属される。ハードな仕事が終わったからといって数週間休みが取れるわけでもない。新しいプロジェクトが新しい技術を使った仕事であれば、またいちから習得する必要がある。新しい技術を使うプロジェクトは、スケジュールが遅れるリスクが常につきまとうため神経を使う。

 

20代の頃は新しい技術、新しいプロジェクトに心を踊らせていたが、いつからか仕事が純粋に楽しめなくなってしまった。歳を重ねると仕事よりもプライベートを優先したくなる。定時に帰るために、いつも同じ技術、退屈なプロジェクトにつきたいと思うようになった。

 

この生活が始まってからは、仕事のことを考えて眠る必要はなくなった。寝る前に考えることは明日何をして過ごそうかということだけだ。明日は朝からジムに行こうと意気込んでも、朝起きてやる気がなければソファの上に座って読書を始める。

 

日が暮れ始める6時くらいから湯船に浸かり、その後1、2杯ワインを飲みながら夕食の準備を始める。自分の周りだけ時間がゆっくり流れていく。サラリーマン時代は平日の夜が自分だけの貴重な時間だった。そのせいか自然と夜更かしが増える。今は早ければ9時には布団に入り、寝る準備を始めるようになった。時間はいくらでもあるので、わざわざ夜に活動する必要はない。

 

こんな生活を毎日していると、とてもじゃないがフルタイムの仕事をしようとは思えないし、今の自分に耐えるられるとも思えない。

 

いつまで持続可能か

  

この生活には良い面ばかりではなく、もちろんリスクが常について回る。お金が尽きたら再び労働をしなくてはならない。誰もができることなら働きたくないと思っているが、それができない最大の理由だ。

 

ワーホリや海外留学生活者が楽しそうな生活を送っていても、それを真似したくないのは、彼らの将来が不安なのは誰でも容易に想像できるからだ。

 

お金がなくなるのはまだまだ先の事だが、全く心配にならないわけでもない。

 

あとどれくらいこの生活が持続可能なのかということはよく考える。お金を使う量が少なければそれだけこの生活を続けることができるが、出費が多ければ期待よりも早く終えることになる。

 

とはいえあまりお金のことは考えて生活したくはないと思う一方で、家計簿を見ると結構使っていることにショックを受ける。

 

当初は1000円以内で生活することを目標にしていたが、スポーツジムで400円、カフェにいくと300円、あと300円何か買い物をすれば簡単に1000円を超える。外の飲み会に誘われると簡単に3000円飛ぶし、買い物に行き数日分の食料を買い込むと2000円は飛んでしまう。

 

最近はスポーツジムに行って2時間汗を流し、カフェに行くという贅沢はしなくなった。ジムに行くのであればカフェに行かない。カフェに行くのであればジムにはいかない。

 

食生活は節約しようと思えばいくらでもできるが、この生活を維持するために身体は資本なのでこれは妥協しない。不健康な食べ物を食べてまでこの生活を持続したいとは思わない。スーパーに行き野菜、フルーツ、魚介を買うと自炊でもそれなりに掛かる。

 

家に引きこもればいくらでも安く済ませることができるが、それでは人生は楽しくないと思う。優先をつけてお金の使い方は決めたいと思っている。失業手当の給付が終わるころには、もう少しシビアに考えなくてはいけなかもしれない。

 

多様性の中でしか生きられない

 

仕事を辞めてからこの20日間はシェアハウスで過ごした。もしひとり暮らしでずっと家に居たら同じセミリタイア生活でも全く違う感想を持っているかもしれない。静かな家の中で孤独を感じ、誰かと接したくなり会社を辞めたことを後悔する気持ちが生まれていたかもしれない。

 

シェアハウスにいると毎日だれか話し相手がいる。平日の日中に家にいるのは自分くらいだが、夕方には外国人の学生が家に戻るし、夜になればサラリーマンも帰ってくる。週末は大概、誰かとお酒を飲みながらリビングで時間を過ごす。おかげで寂しいと感じることはない。

 

自分はシェアハウスの距離感が過ぎだ。住む場所を共有するが、高校や大学時代の友人関係のようにそこまで仲よくなることはない。

 

自分は約束や予定を作るのが好きではなく、誰かを誘って出掛けるタイプではない。そのせいか友人関係は次第に希薄になっていく。約束や予定を事前に作ってしまうと、その日がその予定に縛られたような少し息苦しい感覚を覚える。旅行でも計画を立てずに思い立った場所に好きなときに自由に行きたいと思っている。

 

シェアハウスにいると自然と空いたひとりの時間をバランスよく埋めてくれる。誰かと約束して一緒にお酒を飲みたいわけじゃないが、夜ひとりでお酒を飲んでいると話し相手が欲しくなる。ひとり暮らしをしていると、誰かに連絡して外に出掛けるしかない。ひとりで外に出ても誰か会話してくれるわけではない。

 

リビングに行くと自然と人が集まり、そこのいる人たちとの間で会話が始まる。それは日本人かもしれないし、フランス人かもしれないし、アメリカ人かもしれない。その時々の場の雰囲気や空気はそこにいる人たちによっていつも変わる。

 

大学時代の友人ほど関係が濃くなるわけではなく、あっさりした関係だが、例えば彼らが住む国に行き連絡したら会いに来てくれるだろう。

 

ここに住んで5ヶ月しか経って居ないが、多くの人が去り多くの人が入居する。3ヶ月も経てば半数が入れ替わる程流動性は高い。そして自分も10日後にはこのハウスを出ることになる。

 

職場に近いからという理由でこのハウスを選んだが、会社を辞めてしまえばここに住む理由はもうない。家賃を1日あたりに換算したら2000円になる。このお金を払えるほどの余裕も今の自分にはない。

 

シェアハウスに住んで思うことだが、自分は多様性の中でしか生きられないと思っている。同じ考えの人たち、例えば単一民族の日本人、同じ会社の人間、サラリーマンの中で生活していると息苦しさを感じてしまう。普通に生活しているだけでは毎日が退屈になる。

 

海外勤務を終え、日本の地方に暮らしこの会社で4年間過ごしたが、これは自分にとってかなり特殊な期間だったと言える。日々の生活が安定していくが、その反面心の中にはずっと違和感のようなものがあった。

 

来月からは役所手続きのために実家に帰るが、また居心地悪く感じてしまう気がしている。

 

実家に住むことで食と住まいのコストはなくなるが、それでも長くは暮らしていけないと思っている。自分の両親は典型的な古いタイプの日本人だ。日本の田舎、年中テレビを見て過ごし、毎日職場から家までの往復、自分からしたら窮屈な世界に生きている。

 

テレビで韓国や中国の批判が始まれば、たとえその国を訪れたことがない、中国人や韓国人の友人がいるわけでもないのに、その国の批判を始めてしまう。

 

この時は、飛行機に乗り離陸前にある中国人が騒いで飛び立てなかったというニュースが流れ、中国人はバカだと批判していたが、日本でも新幹線に乗って火をつけて停止させた人がいれば、秋葉原の人混みにトラックで突っ込むほどバカな人がいる。中国人だからどうとかではなく、人それぞれというしかない。

 

日本に住むのであれば、やはりまたシェアハウスに住むことになるだろう。そのときはお金に余裕があるわけではないので、1日1000円の家賃で暮らせるような郊外の安い物件に住むことになる。 

 

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31歳でセミリタイア生活に突入した経緯

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シェアハウスでの出会いが自分の人生を変えた

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誰もが堕落した生活を送ってみたいという欲求がある

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