セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

セミリタイアの目的は海外放浪、いままで訪れた国は15カ国、人生を変えた旅行は2回

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最近は海外旅行を遠ざかっていましたが、20代のときは時間ができたら直々海外にいっていました。

 

いままで訪れた国をまとめてみると次のようになります。

 

2009年、シンガポール、マレーシア
2010年、フィジー(3ヶ月)
2011年、インド(2年)
2012年、タイ、モルディブ
2013年、ドバイ、イスラエル、オマーン、中国、韓国
2014年、香港、フィリピン
2015年、イタリア

 

全部で14カ国、子供のときに家族旅行で訪れたハワイを入れると15カ国になります。

 

この中で、人生を変えるキッカケになったのは、2009年に訪れたシンガポールと、2010年に短期留学で3ヶ月間滞在したフィジーです。

 

 

中国人に会うためにシンガポール

 

自分が海外に興味を持ち始めたのは社会人になってからです。2009年に初めてツアー以外、人生で3度目の海外旅行をしたときから、海外の魅力にとりつかれてしまった。

 

正確にいうと、海外旅行で出会う異文化交流、日本と違う事が自分の好奇心を刺激します。日本の東京にいると景色がモノクロに見えるくらい無機質だが、アジアの空港に降り立つと、アジアの人間臭さ、スパイスなどの刺激が強い匂い、よくわからない騒音は「生」を感じる事ができる。

 

言葉では説明できないけれど、雑さが動物らしさを感じさせる。

 

自分以外にも、初めての海外旅行で同じような感覚を持つひとは多いと思う。理由は、日本は世界で数少ない単一民族国家で、周りが海で囲まれているため、価値観が固定しやすいからだ。

 

他に単一民族の国家をあげようとすると、韓国、アイスランド、ポルトガル、イエメン、南太平洋諸島の島国が思い浮かぶが、大陸を他国と接していないと考えると日本くらいだ。イギリスは同じ島国として日本との比較でよくあげられるが、4つの地域で成り立っている。

 

自分は地方に育ち、地方の大学を卒業したことで、しっかりとステレオタイプの日本人になっていた。大学を卒業したらひとつの会社で働き、60歳の定年まで働き勤めるのが人生だと思っていた。

 

初めて海外に訪れて、その多様性を目にしたときは衝撃的でした。

 

海外旅行には一切興味がなかったが、シンガポールを訪れることにした理由は、入社して最初に配属されたプロジェクトの同僚が中国人で、彼が仕事を辞めてシンガポールにしばらく滞在することになったからだ。

 

彼はほとんど仕事をすることがなく、会社にいてもいつもネットサーフィンをして過ごしていた。自分は仕事がないことにイライラしていたが、彼は仕事がないことを喜んでいた。FXで生計を立てているので、会社の給料はおこずかいにしか過ぎないと言っていた。

 

休みの日はお金持ちになるセミナーに大金を払っていて、いつもお金の話をしていました。

 

それでも会社を辞めずに、日本企業で働いていたのは、あともう少し我慢すれば10年日本で働き、日本に帰化することができるからだ。

 

わたしが2年目を迎える頃に、日本国籍を取得し、その1ヶ月後には宣言通りにあっさりと仕事を辞めてしまった。その中国人が、シンガポールに遊びに来ないか誘ってくれたので会いに行くことにした。

 

彼は3LDKを中華系の人とシェアをしていて、日本にはローンで購入したマンションと中国人の奥さんがいるけれど、10歳くらい若い中国人と付き合っていた。マンションの1階にはプールがあった。

 

シンガポールは土地が小さいため、常に部屋の数は足りず、時価は高騰しています。部屋が高すぎるため、数人が部屋をシェアして暮らすのが一般的です。

 

この旅行がキッカケで英語を勉強するようになりました。英語を話すことができれば、日本の会社に依存しなくてもいいと思ったからだ。

 

2009年は金融危機の影響でほとんど仕事がなく、IT業界の下請け企業の末端にいたため、このままここに居たらまずいなという思いがありました。自社の月に1回の集まりにでると、だれが今月で契約が切れるとか、そんな話ばかりでした。

 

入社して2年目の自分には正直どうでもいいと思った。

 

日本のIT企業の大半は悲惨です。 

かつての米国のIT企業と違って、日本のIT企業に多重派遣や多重下請け構造の問題がなくならないと思う理由 - サラリーマン投資家

 

語学留学で3ヶ月フィジーに滞在

 

シンガポールを訪れた半年後には、1週間の休みでマレーシアに行きました。そしてその翌月には会社を辞めてフィジーという国に語学留学にいくことになります。

 

エンジニアを客先に派遣することで成り立っていた企業にいましたが、客先にいってもプロジェクトが縮小するか延期するかで、やることがありませんでした。エンジニアを派遣することでしか、売上をあげられないので、仕事がなくても媚を売って客先にいることが仕事というくらい退屈でした。

 

会社で過ごす時間がもったいないと思い、留学して英語を勉強することにしたのです。今にして思うと、わざわざ留学しなくても、簡単に英語は身につけることができます。

 

月に6000円も払えば、毎日英語の講師と話すことができるからです。 

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仕事を辞めることで失うキャリア、得られるはずだった給料の機会損失、旅費や学費、次の仕事が見つかるまでの生活費を考えたら、失うものの方が大きいです。

 

空白期間が1ヶ月あるだけで、前職よりも仕事の条件は悪くなります。 

 

フィジーは太平洋に囲まれて小さな島国で、日本と違い貧乏な国でしたが日本人よりも幸せでした。3ヶ月この国に滞在して、それほど英語は上達しませんでしたが、物質的な豊かさと幸福はあまり関係がないことを知りました。

 

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日本に帰国してからは、日本を飛び出して海外で仕事をしたいと思っていたので、どこかIT企業に勤めながら海外の求人を見つけたら、そっちに移ろうと思っていました。

 

今の会社を見つけ、2年間現地で働き、日本の支社に戻り4年間働いています。

 

フィジーの海

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本当にやりたいこととは違った

 

思い返してみると、やりたいことをやれたので良かったけれど、本当にやりたい事からはだいぶ遠回りをしていました。

 

考え方が固定化して働きづらい日本社会が嫌で海外にいったけれど、結局日本企業に勤めるので状況は大きくは変わりません。日本企業で働くということは、クライアントはあくまで日本企業です。

 

言葉や文化が違って働きづらい上に、インド人は日本人の真似をして日本にいる社員と仕事をするので、余計息苦しさを感じます。

 

海外で働いたからといって日本社会から離れられるわけではなく、組織に依存せず働けるエンジニアは全体の5%もいないと思う。

 

結局、自分は海外で働きたいのではなく、組織に依存して働きたくないだけだった。

 

それから日本に戻って4年間働いていましたが、やっぱり退屈だったようです。ある程度お金が貯まったので、また海外にいく事にしました。1年で最低10カ国以上旅をします。

 

おそらく、もう会社組織で働く事はないと思う。

 

1年で10カ国以上放浪する予定

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750万円でセミリタイア生活突入

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日本で4年間頑張ったおかげで8年間は遊んで暮らせそう

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