51歳、1年間100万円だけで生活する無職を20年間続けている人の話だった。
この書籍を読むことでセミリタイア生活が一気に近いものになった。働かない生活をするためには、最低でも年収が200万円は必要だと思っていたからだ。
年収100万円というと月に8万円、目標としては決して難しいことではない。これで20年生きられるなら、フルタイムの仕事から解放されたいと思っていた自分に大きな自信をくれた。
少ない収入でも、楽しくセミリタイア生活を送っている方の情報を得ていると、自分でもできるかもしれないと勇気をくれるし、逃げ道を作る事になる。逃げ道があると仕事のストレスからも多少は解放される。
趣味の料理に没頭し、食べたいものをたらふく食べ、好きなことに明け暮れる毎日。自家製のハーブティを飲みながら、好みの音楽をBGMに、読書やPCでの調べものにふける午後のひととき。脳を目一杯解放し、放し飼いのようにして好き勝手遊ばせる至福の時間。
決まった予定は何もないし、眠くなったら床につき、目が覚めたら起きればよい。その上、家は毎週のように、気の置けない友人たちで大賑わい。ここでは常に時間がゆったりと流れ、過ぎゆく一瞬一瞬を心ゆくまで味わい尽くしながら生きていられる。
サラリーマンは割に合わない
自分もフルタイムの仕事を辞めて、自由なライフスタイルを選択する事にした。年収100万円と生活というと、貧乏で孤独な寂しい生活を想像してこの本を取ったのだが、少なくても楽しそうに過ごす著書に感銘を受けた。
そして、少ない給料で毎日クタクタになって働くよりも、少ない収入でも生活水準を落とした方が豊かな生活を送れるんだなと思考が変わった。
もちろん、人によって好む好まないは大きく分かれるだろう。若い年齢でリタイアすることのデメリットもたくさんある。
特に好きなった一文、
「脳を目一杯解放し、放し飼いのようにして好き勝手遊ばせる至福の時間。」
自分も早く労働から解放されて、目一杯本を読む生活をしたいと思うようになった。
なぜ人は働くのか?
最初は自分のような考えは特殊なのかもしれないと思っていたが、セミリタイア系のブログやツイートを徘徊していると、同じように考えている人は意外と多い。
どうして、こういう考えが支持されるようになったのか調べてみると確かに納得できる答えはたくさん見つかる。
貧乏な時代はただ食べていけるだけの仕事があるだけで満足できる。しかし、社会が豊かになると働くことに意味を求めるようになる。娯楽が満ち足りて働かなくても生きていける時代に、あえて貴重な時間を犠牲にして働くのであれば、そこに意味を求めるのは確かにその通りだ。
途上国の若者と働いていると彼らは、仕事の意味を求めていない。故郷に住む家族にお金を送るために勤勉に仕事をこなす。しかし、社会が裕福になってくると選択の自由が生まれる、これは自分の仕事じゃない、もっと自分に合った価値のある仕事がしたいと言い始める。
若者の気持ちも考えずに、ただ仕事を押し付けようとするスタッフを見ると時代遅れな中年社員に見えてしまうのだ。
東京でひとり暮らし?
東京で手取り18万円にも満たない若者が、手元にお金が残らないにも関わらず、部屋を借りてひとりで暮らしている。
平均年収が600万円を超える東京に住んでいると、収入が少ない人にとってこれほどストレスを感じて過ごす場所はない。
実家に帰れば、両親が購入した一軒家の部屋は余っている、両親はまだ現役で働いている、老後は年金も出るのでフルタイムで働かなくても家族で協力し合って生活できる。冷静に考えると家族4人が全員成人していたとして、4人とも働かないといけない理屈はない。1人がフルタイムで働いてそれでも生活が成り立つのであれば、それに越したことはない。
地方ほど空き家率は年々上昇しているので住む場所にも困らないだろう。
自分には東京に出て少ない給料で働く若者よりも、実家に住み着くニートの方が合理的な選択をしているように見えるのだ。
日本的な価値観ではない
社会が豊かになれば"働きたくない"と考えるのは日本だけの現象ではない。1960年代、日本よりも先に豊かだったアメリカやヨーロッパの若者でヒッピーが流行っていた。
ヒッピーとは辞書で引くと
「ヒッピー(英: Hippie)は、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とし、また、文明以前の自然で野生生活への回帰を提唱する人々の総称。」
自分には日本版のニートに思えてならない。海外旅行に行くたびにヒッピーが出没する場所に向かっていた。
現代のヒッピーは、最新テクノロジーを駆使しネットでお小遣い稼ぎをする、家に引きこもる人もいれば、場所にとらわれないので世界中を旅することが可能だ。
現在は勤勉な中国人も、裕福になったかつての日本人のように世界中を旅するようになった、価値観が変わり働きたくない若者もたくさん出てくると思う。
働くことが割に合わない時代
現代はサラリーマンとして働くことが割に合わない時代になった。理由は単純に働くことで得られる見返りが少ないからだ。
超高齢化社会の影響で一人当たりの税負担は増している、その中でサラリーマンはもっとも税金を負担している。年金が満額もらえる高齢者や団塊世代はいいが、若い世代ほど年金を受け取る金額は少ない。
また、経済成長が止まったことで給料は上がりにくくなった、90年代と比較してここ10年以上平均年収は伸びていない。年功序列ですでに給料が上がった世代はいいが、内需が伸びない中20代社員が彼らと同じように給料を増やして行くのは難しい。
できることなら、税金を払いたくない気持ちは理解できるだろう。
20歳から24歳の納付率は21.4%、25歳から29歳は32.1% - サラリーマン投資家
100万円で生活するのは実は難しくない
1年間100万円で生活するのは、それほど難しい事ではありません。社会が多様化したことで多くの選択肢があるからです。稼ぎたい人が稼げなくなったことで、収入が低い人へ向けたサービスも充実しています。
東京の郊外でシェアハウスに住むと、家賃光熱費を含めて3万円代の物件があります。食生活は自炊にして3万円に抑える。あとの1~2万円は娯楽費です。
家に帰ればWifiがあるため、通信キャリアと契約する必要はありません。電話もインターネットがあれば困りません。本を読みたければ図書館に行けばタダで借りられるし、区のジムに行けば1回400円、ジムに行かなくても外を走れば運動はできます。
100万円生活は本人の意思次第でやろうと思えばいつでも実行することができます。
年間100万円の不労所得を得るためには、3%の配当金であれば3000万円以上あれば得ることができます。
別にすべてを不労所得だけに頼る必要はないので、サラリーマン時代に1000万円貯めて不労所得を月に3万円得る、それ以外にはインターネットで3万円得る、それでも足りなければ日雇いバイトで3~5万円という生活でも十分です。
しかし、実際に100万円で生活するというのは少し非現実的です。本書からも分かる通り、それなりの知識や労力を必要とするからです。
200万円稼いで150万円で生活する
人生とは時間そのものなので、働いても収入が増えていかないことを考えると、少ない労力で最低限の収入を稼ぎ、あとは自由に生きた方が幸福度は高まる。GDPが高いからと行ってその国の幸福度が高くないことからもわかるように、お金があれば幸せというわけではない。
プライベートを犠牲に馬車馬のように働き年収500万円稼いでも税金で100万円以上取られてしまう。年収200万円まで落ちると税金は20万円しか掛からない。80万円税金で絞り取られるかは大きい。
フルタイムの仕事以外で200万円稼ぎ、生活費を落として100万円以下で生活できれば、手元に残るのは80万円だ。
フルタイムで一生懸命働いても、一銭も貯金できない若者が増えたことを考えると、少ない収入で必要最低限で生きる生活スタイルは今後増えてくると思っている。現代社会のサラリーマンが不満を感じているのは、そこそこの収入を得るために精神を擦り減らし、手元にお金が残らない程度にストレス発散のためにお金を使ってしまうからだ。
自由な時間がないほど働いても貯蓄が増えていかないのであれば、何もしていないと変わらない。
働いているとそれだけでストレスがかかるので、本来必要ない事にも多くのお金を使ってしまう。仕事を辞めてから思うことだが、ストレスがなければマッサージにも行かないし、外でお酒を飲む機会も減る。タバコも吸わなくなかった。
働かない生活を実践中、2018年にようやく収入が発生し始めました。