サラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

テレビがないと生きていけない人とは一緒にいれないなと思った話

 

テレビがないと生きていけない人とは一緒に暮らしていけないなと感じます。

 

テレビを見る習慣は実家をでた18歳の頃になくなったのですが、時間の無駄以外のなにものでもありません。嫌な理由を端的に説明しようとすると、8割以上が見る価値のないものばかりだからです。

 

また、時間あたりに得られる情報量は少なすぎて、時間を浪費している感覚になります。

 

世の中のことを知らない子供の頃はテレビを見ているだけでも、楽しく過ごすことができたのかもしれませんが、大人になると情報の薄さと安っぽさに嫌気がさします。番組を作成する側の薄っぺらい意図が透けて見えるし、製作者側の主観が強すぎて観れたものではありません。

 

バカなタレントを集めたクイズ番組をみてゲラゲラ笑うなどほんとにクダラナイなと思います。他人がクイズを間違えて何が面白いのか理解に苦しみます。

 

実家に帰ると一日中両親がテレビを付けているのですが、テレビが流れている空間にいるだけでも嫌気がさしてきます。

 

近年、テレビや新聞などの旧メディアからインターネットに広告費が移る理由がよくわかります。

 

シェアハウスに住んでいると

 

一人暮らししている人にとっては見たくなければテレビを付けなければいいし、そもそもテレビを買わなければいいだけの話です。

 

しかしシェアハウスに住んでいるとそういうわけにもいきません。

 

とくにわたしの場合はドミトリーに住んでいてプライベートな空間がないため、自然とテレビがあるリビングにいる時間が長くなります。だれもいないときはいいのですが、人によってはテレビを付ける人もでてきます。

 

このまえ、リビングで一人でパソコンで作業しているときに、ある女性の方が帰ってきてテレビを付けました。一言声をかけてほしいなと思ったのですがそれは置いておいて、テレビをつけたけどその女性はテレビを見ることなくずっとスマホを弄っていました。

 

さすがにこれにはイラッとしてしまいました。人がパソコンを開いて作業しているときに、テレビを見ないならわざわざ付けなくてもいいんじゃないのでは。。読書だったら気を使って声をかけてくれたのかわかりませんが。

 

テレビを日常的に見ている人にとって、テレビがある感覚というのは当たり前のようです。夜に家に帰ってきたときに電気を付けるように、あたりまえのようにテレビを付けます。

 

お酒を飲みながらテレビを付けたがる人も苦手です。どうして会話を楽しんでいるときにテレビを付ける必要があるのだろうか。

 

わたしはお酒を飲んでいて会話がなくなったときの沈黙も好きです。沈黙が続いても気にならないでいられる人に自然と居心地のよさを感じます。たまにある沈黙も楽しみます。

 

以前付き合った彼女もテレビが大好きでした。

 

縁があって1ヶ月くらい同棲したことがあるのですが、テレビを付けるか付けないかでくだらない喧嘩をしたことがあります。

 

「テレビを見てくだらないことでも笑う平凡な家庭が好きだ」と言われました。まぁこれだけ聞くと聞こえがいいようには思えますが、、

 

このときは価値観の問題だから一緒にはいられないなと心の中で確信しました。たとえそう思っていてそういうビジョンがあるのはあるでいいのだけれども、付き合って間もない頃に人の家に居候させてもらって家賃も光熱費も、食費も何も払っていないんだから、せめてこっちの意見に合わせてくれよと思いました。

 

テレビを付けるどうこう以前に、ちょっとこの図々しさに嫌気がさしました。

 

テレビを見ることを我慢する生活は2万5千円の価値がある

 

早い話テレビがある生活に文句があるならシェアハウスを出れば早い話です。

 

しかし、同じ立地で1Kの部屋を探すと10万円超えます。これだけで月の生活が4万円跳ね上がります。ドミトリーを諦めて個室に移ればいいのですが、この場合は2万5千円家賃が跳ね上がります。

 

郊外に移れば家賃は安いのですが、そのために片道30分もかけて満員電車には乗りたくありません。

 

テレビを見ないために2万5千円の価値があるのかと聞かれたら、そこまではないので我慢します。最終的にはカフェにいけば、1杯200円のドリンクで一人の時間を作ることができます。カフェに100回いってもお釣りがきます。

 

外国人はテレビを付けても内容がわからないため大半はテレビを付けないのですが、テレビを付ける日本人が多くなると少し居ずらくなります。

 

半数がテレビを見たい人になると、いついってもテレビが付くようになります。

 

正直何がそんなに面白いんだろうか。

 

テレビを見ることによって失っている時間というものがあります。テレビを一切みずに勉強した方がいいとか、そういうことがいいたいわけではないけれど、読書をして知識をインプットする時間もなくなるし、知識をアウトプットする時間もなくなります。

 

貧乏人の家には大きなテレビがあって、お金持ちの家には大きな本棚があるとはよく聞く話ですが、あながち間違っていないように思います。

 

本をたくさん読んだら必ずお金持ちになれるわけではないですが、大概成功している人は読書家が多いです。なぜかというと自分が知らない知識を本を読むことによって貪欲に吸収していくからです。本を読まない人はこの感覚が非常に鈍感です。

 

本を読むか自分で直接体験しない限りは知識は増えていきません。テレビをみて過ごしているとこの貴重な機会を失うことになります。

 

今の経済状況が厳しいなか、毎日ダラダラとテレビをみてもある程度収入が増えていくのは、能力に依存しない公務員か、優良企業のサラリーマンくらいです。

 

テレビがあるおかげで貧乏人は余計貧乏になります。