セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

すべての人の意見を合わせることは不可能である

 

あるブロガーさんの記事ですが、大いに共感してしました。

 

「そもそも全ての人を納得させることは不可能である」

 

最近仕事でストレスが貯まることが増えていたので、この言葉が胸に突き刺さりました。


経済にしても、政治にしても、仕事にしても常日頃思っている事です。

 

こういう目線で物事を見てくれたら、いかに仕事がスムーズにいくことでしょうか。

 

全ての人を納得させられることは、そもそも不可能なことなんだから、都合の良い考えをするのは辞めるべきです。

 

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2人でロバに乗るとロバが可哀そうだと言い、

爺さんだけが乗ると、婆さんがかわいそうだと言い、

婆さんが乗ると、爺さんがかわいそうだと言い、

どちらも乗らないと、ロバの使い方もわからないバカだと言われます。

 

現実社会でこういうシーンは、今まで何度も目にしてきました。

 

東日本大震災の時に、首相が現地入りしたら、多くのメディアや国民が非難しました。

 

「首相が被災地にいってできることはあるの?」
「被災地に行かない方が効率良く仕事が行えるんじゃないの?」

 

逆に行かなければ行かないで、メディアがいう事は暗に理解できます。

「緊急事態なのに霞が関でなにをしているの?」
「被災者の気持ちはわかるの?」

 

そしてその声を多くの国民は支持します。

 

この物語は、人の意見ばかりを聞いて、それに左右されて主体性のない行動をとれば、時としてひどい目に遭う。というお爺さん、お婆さん側の教訓です。

 

この物語を知って思うのは、いかに人間が目の前に写る事しか考えられない、愚かな生き物だということを表しています。

 

自分の頭で深く考えない人は、すぐに他人の意見に同調します。

 

そして自分の目に映るものだけで、物事を判断します。

 

こういう人が多いおかげで、株式市場でお金を儲けられるという事実もありますが。

 

仕事でも似たような経験はたくさんあります。

 

すべての人を納得させることは不可能なので、それを前提に仕事を進める必要があります。

 

ITの開発現場でわかりやすい例は、全体のデザインを決める時です。デザインは人によって意見がそれぞれ違います。

 

100人居れば、100人が違った服を着ることからもわかります。すべての人が納得できるモノをつくることはできません。

 

人によって意見が異なるものに対して、複数人が会議に参加し、長時間話し合うことほどムダな事はありません。

 

システムの正しい動き方を決める場ではありません。

 

ある人はこの方がいいと言い、別の人はこの方がいいと言い、また数カ月経つと別の人が意見を言い始めます。

 

これを避けるためには、発言権をもつ小数人だけで検討し、他の人には発言権を与えないことです。

 

社内だけの出来事であれば、改善するのはそれほど難しくありません。

 

しかし、日本企業の問題は元請け企業があり、複数の下請け企業がありと自社内だけで完結できないことばかりです。

 

元請け企業がこのことを理解していないと、スケジュールなど一切関係なく、時間が許す限りエンドレスで修正が続きます。

 

そして開発が後半になり、スケジュールに余裕がなくなってきたところで、そんなことを呑気に話し合っている場合ではない、となります。

 

どれだけ優秀なプログラマーが集まっても、日本のIT業界がスケジュールいっぱいいっぱいで長時間労働しているのは、こういう背景も原因のひとつです。

 

もともと、全ての人を納得させる行動は、この世の中には存在しないという前提で物事を進める必要があります。

 

これが分からない人たちは、無駄な時間を過ごすことになります。