セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

常識や価値観に合わせるよりもニートの方が豊かな生活ができる理由

 

ニートは多様化が生んだ時代の最先端のように感じます。

 

1970~80年頃に欧米でヒッピーが流行りました。ヒッピーとは、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とし、また、文明以前の自然で野生生活への回帰を提唱する人々の総称です。

 

ひと昔前のヒッピーは稼ぐ手段はありませんでした。自由に暮らしても、最終的にお金がなくなれば、自分たちの国に戻って働くしかありません。

 

しかし現代のニートは、インターネットという武器があります。世界中どこにいても、インターネットに繋がっているパソコンさえあれば小銭を稼ぐ事ができます。

 

ニートは元々イギリスの言葉なので、定義はかなりあいまいです。元々の意味よりも日本語として定着しつつあります。

 

当初は単に「無職の人たち」程度の使われ方であったが、徐々に「働く意思のない人たち」「働ける環境にあるが、働かない人たち」という意味合いがふえ、現在では余り好意的に使われていません。

 

 

ニートの歩き方

 

 

年収90万円は少なすぎますが、それでもそれで本人が満足した生活ができるなら、それでいいというだけの話です。

 

一般常識や世間体に縛られ、周囲の価値観の中でしか生きられない人生は辛いものです。


20代の頃は、深く考えることも無くビジネス書を読み漁ったり、経済について勉強したり、英語を勉強したりと忙しい日々を過ごしてきましたが、30歳になってある程度収入が増えてきたにも拘わらず、不思議とニートになることに気持ちが傾いています。

 

人生をラクに過ごしたいからというよりも、トータルで考えたらその方が効率がいいという位の感覚です。

 

朝から晩まで頑張って働いて給料が増えても、税金も同じようにが増えるのならあまり意味がないよねっていう話です。どのみち会社の業績が悪くなれば、どこかで行き詰ります。去年と同じ収入でも、税金があがれば生活は苦しくなります。

 

それなら会社に頼らず、税金を抑えて別の収入源を見つけた方が安心できます。

 

組織の中でしか働けない人間というのは、実は一人では生きていけない人間ばかりです。


サラリーマンとして働けば働くほど、自分はそっち側の人間ではないのかなという気持ちが強くなります。

 

今の時代を考えると、これほどニートにとって生きやすい時代はありません。ネットさえあればお金を稼げるし、政府から稼いだ少ないお金を税金で搾り取られることも減ります。

 

ネットの世界では個性が強ければ強い程、お金を稼ぐ事ができます。

 

メキシコの漁師とNBA旅行者

 

「メキシコの漁師とNBA旅行者」という話があります。

 

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。


メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。


その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、

 

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

 

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」

 

と答えた。旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」

 

と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

 

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」

 

と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

 

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。

 

お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。

 

やがて大漁船団ができるまでね。

そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。

自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。

 

その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。

 

きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

 

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

 

「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

 

「それからどうなるの」

 

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」

 

と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

 

「それで?」

 

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

 

お金はやりたい事を実現するための手段でしかない

 

NBA保有者の方が頭が悪く見えます。

 

結局お金というのはやりたい事を実現するための手段でしかありません。

 

これだけ社会が豊かになり多様化した時代に、お金に縛られる働き方が幸せとは言えなくなりました。当たり前といえば当たり前です。

 

生活していくためにお金は必要ですが、生活できるだけのお金が稼げれば、健康を害してまで無理に働く必要はなくなります。

 

戦争が終わってモノが何もない時代に、生きていくために働こうと考えるのとでは思考が180度違います。

 

まだまだ多くのおじさん世代が、戦後と高度成長期時代の古い価値観のままです。少子高齢化の時代なので、これはしょうがない事かもしれません。

 

日本よりも先に生活が豊かになった1960~70年代に欧米でヒッピーが流行りましたが、日本では10~20年遅れてニートという言葉が普及しました。

 

日本人バックパッカーのバイブルになった、沢木耕太郎の深夜特急が出版されたのは1986年です。

 

人工知能が流行り単純作業の労働者が消え、新しいネット時代の生き方を考えれば、ニートという生活スタイルが時代の最先端のように思います。

 

サラリーマンという職業は、まるで高度成長期に取り残された一次産業(農業、漁業)の労働者のように見えます。