セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

三菱UFJ銀行は過去最高益 銀行は本来の仕事をしていない

 

経営破綻が噂される欧州銀行に比べて日本の銀行は比較的安定した堅実なビジネスをしています。

 

例えば日本のメガバンクのひとつである三菱UFJ銀行は、2015年に1兆円を超える純利益を計上し、過去最高益の利益になっています。

 

しかしこれは日本の銀行が優秀だからではなく、本来の業務である企業への資金の貸し出しを放棄して、日本国債をロングするという誰にでもできる仕事で稼いでいるからです。

 

 

金融機関の国債保有額

 

つい先日、日本の中央銀行である日銀が国債400兆円を突破したばかりですが、民間のメガバンクも負けていません。今まで順調に国債を買い占めています。

 

金融機関の国債保有額
2000年、345兆円
2003年、474兆円
2006年、599兆円
2009年、628兆円
2012年、693兆円
2015年、623兆円

 

2013年以降は日銀が大量に買い占めるようになりましたが、それまでは順調に国債の保有額を増やしています。2000年から12年間で倍の国債を買っています。

 

日本の全上場企業の中でもトップクラスの三菱UFJ銀行の日本国債保有残高は50兆円を超えています。国内企業への貸し出し46兆円よりも上回っています。そのほかの邦銀も同じようなビジネスをしています。

 

本来の企業へ融資するという業務よりも、日本国債を長期保有することが本業になっています。こんな楽な商売は他にありません。

 

邦銀が過去最高益の理由は、保有する国債の価格が値上がりしたからです。リーマンショック以降、世界的に経済が低迷しアメリカや欧州は金利を低く抑えています、そうすると信用の高い日本国債が値上がりします。金利の低下は国債価格に影響します。

 

日本の銀行はリスクを取りたくない

 

日本の銀行はバブルが崩壊した影響もあって過度にリスクを取ることを嫌っています。

 

不景気が長いこと続き、企業がお金を借りて新しい事業に投資しなくなりました。企業が銀行に融資をお願いしても、貸し渋るようになります。日本経済全体が低迷しているのに、企業が経営に失敗したら銀行が不良債権を抱えることになります。

 

その結果、日本の銀行は企業へ貸し出すよりも日本国債を買った方が低リスクで確実に儲かります。

 

最高益を記録したことによって銀行はようやく法人税を収めるようになります。不良債権処理をしてから、その損失を繰り越せるという優遇を受けていました。

 

日本国債を買い支えるという楽な仕事

 

日本の銀行は国債にあからさまにヘッジしています。日本国政府が破綻するまでは確実に儲かるため合理的な選択といえます。

 

日本国債が暴落するかどうかは、邦銀が国債を買い続けるかどうかも大きな要因となりそうです。現在は中央銀行の口座にマイナス金利が導入され、民間銀行はさらに国債を買い増ししました。その影響で国債の長期金利は−0.05%まで低下しています。

 

2016年の三菱UFJ銀行の決算は、15年よりも800億円ほど純利益が減りました。いくらマイナス金利を課されたとしても、日本経済に魅力的な企業が突然現れるわけではないので、やはり日本の銀行は国債を買うのを辞めないのではないでしょうか。

 

国債価格が大きく暴落するときは、銀行の決算も大幅に悪化しますが、そのときは国が財政破綻する危機に陥ります。どのみち他の企業も大変なことになるので、銀行株だけの問題ではなくなりそうです。そう考えると現在の日本国債を買い続けるという戦略は合理的にみえます。

 

日本人しか欲しがらない日本国債を日本人が大量に買い支えているという奇妙な現象です。これからデフレ経済で苦しむヨーロッパ諸国も、10年後には同じことをしているかもしれません。

 

欧州銀行よりは日本の銀行がマシ

 

そして日本の銀行がゼロ金利でお金を集めて、銀行貯金よりは金利の高い日本国債を買っている間に、世界の銀行はレバレッジを何倍にもかけてリスクの高い取引をしていました。

 

そしてそれが次の大恐慌の引き金になりそうなレベルまで深刻になっています。

 

世界の銀行もお金を集めて企業へ貸し出すという本来の仕事よりも、博打のようなビジネスをしてきました。日本銀行も欧州銀行も本来の仕事をしていないという点では同じですが、ビジネスの中身は全く違います。

 

日本銀行のように国債を買い支えるだけの楽なビジネスもどうかと思いますが、欧州銀行のように市場を暴落させるまで博打を打つのもどうかと思います。

 

どちらがいいかと聞かれたら当然日本の銀行の方がいいですが、素直に喜べない複雑な気持ちです。

 

世界経済は銀行ではない別の仕組みを必要としているのかもしれません。