セミリタイアしたサラリーマン投資家
2017年夏にセミリタイアし、海外と日本のデュアルライフを目指します

10年後にはサラリーマンという職業は世の中に存在しない

 

サラリーマンの存在意義

 

組織に所属し組織のために働く、生活のすべてを会社に依存させる働き方は、近年は存在意義を失いつつあります。

 

サラリーマンという仕事のスタイルは、プロフェッショナルではなくそれぞれの会社に最適化されたジェネラリストの集団で、多くのサラリーマンは会社を離れるとその技能や経験はほとんど意味をなさなくなります。

 

プロフェッショナルにならなくても、サラリーマンが会社に所属さえしていれば給料がもらえたのは、経済が右肩上がりで成長し、年功序列や終身雇用が前提にあったからです。


ひとつの組織でしか生きていくことができないような、専門性がない層が、多数いる方が社会的に不自然です。彼らの雇用が法律で手厚く守られている、年功序列で給料が上がっていく、毎年賞与がもらえる、定年まで勤めたら退職金がもらえるというのは、もはや歴史の教科書の中の世界になりつつあります。

 

かつて、農業だけで生計を立てていた人がほぼいなくなったように、サラリーマンだけで生計を立てる人も、10年後にはなくなっているかもしれません。

 

1920年に1次産業の割合は「53%」でしたが、2010年には「4%」まで激減しています。これからは、専門家になれずサラリーマンという中途半端な存在は必要とされなくなります。経営者、企業役員、企業と直接契約するプロフェッショナル、その他の非正規社員です。

 

プロフェッショナルを組織から解放する

 

これからの時代は、専門知識を持ち、どの組織に所属しても技能や経験を活かして仕事ができる人は、フリーランスとして直接企業と契約し、プロフェッショナルとして活躍した方が何倍もマシです。

 

組織に所属して給与を得るよりも、フリーランスという形態で働いた方が税金対策ができます。また、組織に所属していると、稼いだ売上げを組織内で広く薄く配分されるため、仕事ができるプロフェッショナルほど損をする仕組みだからです。

 

会社に本当に必要とされるような優秀な社員は上位2割程度です。その他の社員は、優秀な社員がいるおかげで生活が成り立っています。

 

ITの現場で仕事をしていると、できる社員のアウトプットはできない社員よりも数倍以上違います。1人の優秀な社員は、クライアントと打ち合わせして、数億円規模の設計を担当し、技術レベルでプロジェクトを仕切ります。

 

高い技術レベルを持ち、クライアントから仕事を生み出すことができる社員は、そうでない人の5倍給料をもらってもおかしくないと思っています。普通の会社組織であれば、よくて2倍程度の差が付けばいいほうです。

 

実際には、1.5倍ですら差がつきません。これが大企業になると余計差が付きにくくなります。

 

プロフェッショナルの仕事の仕方は、クライアントから直接仕事を受けたときだけ働き、報酬は月に数100万円単位でもらうのが適切です。

 

複数人のプロフェッショナルがプロジェクトの提案や設計を行い、必要な人員分企業が非正規として一定期間だけ採用し、かれらを使って開発を行います。

 

この場合、非正規とは日本人エンジニアだけではなく、インドやベトナムのプログラマーも含まれます。

 

組織にずっと依存するのではなく、プロジェクト単位で柔軟に仕事をします。仕事がないときは専門知識の勉強を好きなだけできます。

 

賃金労働者の4割が非正規

 

賃金労働者の非正規の割合がついに4割を超えました。1990年には20%だったので、25年で倍増したことになります。このペースで増加すれば、5割を超えるのは数年先です。

 

5割を超えると過半数を超えるため、非正規社員の働き方の方が一般的になり、かれらの声の方が政治に影響を与えてきます。

 

民主主義国家では、多数派の意見はそれだけで政治を動かす重要なファクターになります。

 

非正規社員というと少数派のためネガティブな捉え方をされますが、これからはポジティブな意味として捉えられるようになります。

 

専門的な知識を身に付ける必要もないため気楽に働けます。残業など一切せず、時間単位でお金が必要な時に働けばいいだけです。

 

わざわざ物価の高い東京に上京して一人暮らしする必要もありません。

 

非正規社員が不幸なのは、正規社員になろうとすることです。非正規が増えたのは経済が縮小し、お金がない企業が増え、現在の社員に最適化をした結果です。つまり、この状況がかわらなければ、仮に正規社員になったとしても、たいして待遇は変わりません。

 

社員でいるために、残業して朝から晩まで必死に働くよりも、開き直った方が得をします。

 

正規社員と非正規社員の境界を曖昧になりつつある

 

これからは「同一労働同一賃金」という考え方が主流になってきます。

 

同じ職場で同じ仕事をしている正社員とフルタイムの非正規社員がいて、非正規社員の時給が1000円、正社員の月給や賞与を時給換算した場合に2500円だとすれば、これは明らかに理不尽です。

 

正社員が2.5倍優秀であれば、許されますが実際にはそんなことはないからです。

 

この場合、非正規社員の収入が2500円になるのではなく、正規社員、非正規社員ともに1750円となるのが正しいあり方です。

 

会社の売り上げが成長しなければ、労働者に支払うコストは変わらないからです。現在は平均して職場に非正規社員が4割ですが、この割合が半分を超えると非正規社員の意見が反映されます。

 

非正規社員と正規社員の待遇が同じになると、そもそも両者を分ける必要性はなくなります。そうすると自然とサラリーマンという定義が消え、残るのは非正規社員です。


サラリーマンは1920年に誕生

 

そもそもサラリーマンという固定化した労働観が生まれたのは、1920年代ころといわれています。第1次世界大戦直後、産業構造の変化の中で頭脳労働者として事務職層の割合が増えていきました。そして、その労働者層がサラリーマンの原型になったといいます。

 

つまりサラリーマンという職業が生まれたのは、長い歴史からみればつい最近のことです。最近生まれた職業なので、また消えてしまっても何の不思議もありません。

 

にもかかわらず、現代の人はサラリーマンとして生きる事に何の疑問も持っていません。学校を卒業したら誰もが会社員になる、会社員になったら奴隷のように働く、個人の考え方よりも組織を優先する。

 

組織に縛られ、時間に縛られとサラリーマンという職業に窮屈を感じている人はたくさんいます。サラリーマンという職業が最近生まれたことを考えると、もう少し自由な発想をもって働き方を考えるのもいいかもしれません。